サクラ、サクラ
 

 

          




 暖冬だった割に“観測史上何番目”というほどにも降り積もった北国の雪の根深さと、それからそれから、このまま春か?と思わせといての不意打ちっぽい“寒の戻り”のあまりのダイナミックさのせいもあってだろうか。まだかまだかと心待ちにしていた筈が、寒さに首を竦めたその隙にうっかり見逃してしまったりし。気がつけば最初の三分までがもう咲いていた、今年の桜だったりして。
“ここんとこ急に暖かくなったせいもあるんだろうな。”
 今年は案外遅いのかもなんて言ってた端からパタパタと、公園や学校なんかの思わぬ一隅にて。黒っぽい梢にいや映える、練絹のような緋白の小花たちが…いつの間にやら ちらほらとほころんでおり。駅までの道沿い、どこかのお宅のブロック塀の上から覗く、早咲きの桜に気がつくそのたび、いちいち立ち止まっては見とれてしまう小さな背中。潤みがちの大きな瞳を見開いたその上、ふやぁ〜っとお口を開いて見上げている様が、いかにも長閑で愛らしい…のは良いのだけれど、
“…っ、いけないいけない。”
 しまった、ただ散歩している訳じゃあないんだったと、我に返っては誤魔化し半分の足早になる、小早川さんチの瀬那くんで。例年より少しほど長いめだった春休みも終わって、今日からはいよいよの新学期。だってのについつい暢気に構えてた自分へ、
“あやや。//////
 いかんいかんと心の中にて言い聞かせ、やっと辿り着いた駅で…やっぱりホーム沿いに植えられてあった桜に見とれているから世話はなく。対面式になってるお向かいのホームには、見慣れたグリーンのブレザー姿が何人も見受けられ。真新しい制服のネクタイがどうにも気になるらしい子が、窮屈そうにか、擽ったいのか、襟元に指先を突っ込んでいる姿が遠目ながらに何とも微笑ましい。

  “………春だなぁ。”

 そうみたいですねぇ。
(苦笑) ほんの先月の初めまでは、自分もあの中にいたのにね。今は反対側のホームからそれを見ている自分なのが、少し不思議で、少し切ない…かも。長いめの春休みが終わった彼は、当然のことながら もう泥門高校の学生ではなくなっており。この春からは通う先も別な場所。そんなことくらい重々判っていながら、でもねあのね? 通っていた三年の間には本当に色々なことがあったし、何よりも自分への大激変を齎もたらしてくれた、それはそれは思い入れの深い高校だったから。入って早々、思いがけなくも全く未知のスポーツに引っ張り込まれ、ああまた 他人に良いように振り回されるばかりな“パシリ”の生活が始まっちゃうのかなぁなんて。進歩のなさに嘆息しつつも、諦め半分、憂鬱を覚えていたのも束の間のこと。無理矢理って格好で引っ張り込まれた立場だった筈が、あっと言う間に魅せられて。気がつけば“もっと走りたい、もっと強くなりたい”って、自分から…心から渇望してた。たったの2戦目で、高校ナンバーワンって言われてるような人に、畏れ多くも“挑みかかりたい”なんてことまで思ってしまったほどの、恐らくは生まれて初めての果敢さや積極性をくれたのが“アメリカン・フットボール”だったから。

  “それに、それだけじゃなかったし………。///////

 そでしたねvv 今頃何してらっしゃるのかなと、我知らずその思いを馳せるよな人との出会いも齎してくれたんだっけですよね。まま、それはまたの機会に語りましょうよ。だってほら、こちらのホームにも快速電車がやって来ましたよ? この春から新入生としてセナくんが通うこととなったのは、R大学の文学部。泥門高校とは逆方向になるのだが、それほど遠くはないので自宅通学でもOKで。ホームへとすべり込んで来た快速のドアが開いて…すぐにも目についたのが、
「あ、おはよーvv
 先の駅から乗って来ていた顔見知り。向こうでもこちらへと気づいてたらしく、よおと手を上げ、ドア近くに立ってた傍らへ当然のように寄って来たのを迎え入れてくれる大柄なお兄さん。すぐ真横へと立った途端に走りだした列車の揺れに、おとと…とよろめいたセナの二の腕を捕まえてくれた彼は、
「チビザルは一緒じゃないのか?」
 チミっ子トリオのもう一人のおチビさんは、尊敬するラインマンの栗田さんのところから凄まじい早さの“早朝練習”をしがてら一緒にガッコまで通うことになってるとかで。だから此処にいないのは承知だったらしいが、レシーバーの雷門くんはお家も近いからっていつだって一緒に行動しているセナくんなのにと。そんなことくらい知ってて当たり前の、こちらは十文字一輝くんという…やっぱりアメフトつながりのお友達。背丈も低くて腕脚も細いめで、全体的にチマっこい体格のセナに引き換え、こちらさんは高校生時代から既に大人びた風貌をしていたお兄さんであり、小さくて童顔なセナが傍に寄ると、年の離れた従兄弟のお兄さんか、学年が3つ以上は違う先輩後輩のようにも見えるほど、雰囲気に格差があるのが却って際立つお二人さんで。
「モン太くんは早練なんだって。」
 セナも今朝かかってきた携帯で聞いたばかりのお話で、何でも蛭魔さんから“パス練習に付き合え”って呼び出されたのだとか。だったら自分も行くよと言ったのだけれど、こちらは起きぬけだったのに、モン太くんはもう駅に着いてたそうで。
「投げるコントロールがあまりに…あのその 〜〜〜なんで、先輩さんたちとの連携を少しでも高めとけっていう練習なんで、ボクは混ざってもあんまり意味ないぞって。」
 ランニングバックだってパスを受けての突進をするのだから、フォーメイション練習はやっといて損はないのだが、それより何より、
「………あいつの暴投ぶりは半端じゃねぇもんな。」
 十文字くんもまたラインという“壁”の役、主には道を切り開く係であり、ボールに触れるポジションではないものの。少数精鋭のデビルバッツでは、前衛後衛ごちゃまぜになっての練習もザラだったから。あの、キャッチングは天才級ながら…どうしてなんだか投げるのはからきしダメだったお仲間だってことには、やっぱり重々覚えがあって。成程なと思う反面、

  “蛭魔の野郎、もしかして…俺に気を遣ってくれたとか?”

 自分の気持ち、というか、セナへの傾倒ぶりを、何となくながらも随分と早い時期から感づいてたらしい、そりゃあもうもう悪魔の如くに よくよく気の回る先輩さんだが。
“いくら何でも…。”
 そりゃ まさかだよなと。そこまで自分に都合よく考えちまうなんて、ラブコメの主人公じゃあるまいし。我に返って…苦笑するしかない、金髪のラインマンくんであったらしい。そんな彼もまた連れのいない“一人”だったのへ、
「黒木くんたちは? やっぱりバイクなの?」
 いつも一緒にいるお友達のことをこちらからも訊けば、精悍なお顔が“ああ”と頷く。
「ガッコの近くの駐車場を借りたんだと。」
 となると、戸叶くんチは通り道だが、十文字くんチへは後戻りをする方向になるし、毎朝“3人乗り”って訳にも行かないしということで、お前はお前で通えと言われたそうで。
“………あいつらはよ。”
 彼らからまで、このセナとのツーショットになれるようにとバレバレな気を回されていることが、相変わらずに面映いやら恥ずかしいやら。一端
いっぱしのレベルで腕っ節も度胸もありながら、こっち方面では…あまりに稚拙で純情な十文字であるところを見かねての、彼らなりの気配りや友情の籠もったアシストであるらしいのだが、
“それでどうしろってんだろな。”
 普通に“仲がいい”ってだけで十分なのに、それ以上っていうと何なんだろかと、実はこちらさんも戸惑わんではないらしい、純情無垢なお兄さん。怯えたような顔や態度をされなくなっただけで十分だって思っていたのに、それ以上の何を焚きつけたいんだかと、そんなこんなを漠然と思っていると、
「ねぇ、十文字くん。」
「え…っ?」
 ぼんやりとしつつも、愛らしいお友達のお顔からは視線が離せなかったらしい彼へ、
「なんか面倒だなって思わなかった?」
「な…何がだ?」
 ああしまった、前髪の端っこが風に遊ばれたか内向きになってるのへ視線を奪われていて、それでついつい上の空でいたから、話はほとんど聞いてなかったぞ。今日もいい天気だねぇってのは聞こえたが、その後へちょこっと何か続けてたセナだったのかな? 寝ぼけてぼんやりしてたって事でスルーしてもらうしかないかなと、頭の中がグルグルしかかった間合いへ、

  「ボクなんか、何を着てくればいいのか判らなくって。」

 セナはあっさりと話を続ける。入学式は先日済んでおり、今日はお初となる授業の開始日。制服や規定服とやらはない学校なのでと、軽い素材のブレザー風のジャケットに無地のシャツと折り目の立ったパンツを合わせた、かっちりしても見える格好でいる彼に引き換え、十文字の方はといえば…一応は春物らしき甘いくすみのある色合いのブルゾンに、チェックのシャツとワークパンツという砕けた格好をしていたから。それを指して“おしゃれだ”とか“余裕がある”とか、そんなことを訊いて来たセナだったのだろう。
「高校までは制服があったから、何も考えないで良かったでしょ?」
 おしゃれな子はそれなりに、こっそりと規定外のシャツとか着てもいたらしいけれど、それどころじゃないほど毎日アメフト漬けになってたセナだったから。そういうのへ気を回せない人間へは制服ってありがたいもんだったんだなって、今頃思っちゃったのなんて、てへへvvという笑顔つきにて話してくれる可愛らしい子。
“…同い年の大学生なんだのにな。”
 そんな笑い方するのは反則だろうが
 ///////と、そのがっつりと頼もしい胸中にて何だか妙な言い掛かりをしているお兄さん。

  「判った。どんなカッコして来ても良いように俺がついててやるよ。」
  「なに? それ。」
  「だからよ、
   平日なのに私服でうろうろしている中学生や高校生じゃありませんって、
   補導員とかに声かけられたら、俺がちゃんと説明してやるって。」
  「あっ、ひっど〜いっ。///////

 そう。これから毎朝一緒なのが、擽ったいほど嬉しいやら…踏み出してはいけないのだと諦めなきゃなんないのになと ほろ苦いやら。からかうような余裕を見せつつ、その内心では、
“…困ったことにならなきゃいいが。”
 そんな一言、こっそりと呟いていたりして。こっち方面へは全く初心
うぶな青少年の心は、相変わらずに複雑な模様でございます。(苦笑) だってね、あのね?
「はやや…。///////
 快速は停車する駅も少ないのだが、朝のラッシュ時だから込み合うのは致し方なく。乗車率が上がって来るにつれ、ドアの傍らにいた二人もそっちへとぎゅうぎゅうと押し付けられてしまっていて。
“う〜〜〜。///////
 已を得ない状況下にて、小さなセナの柔らかい肢体と密着し合うのが…素直に嬉しい反面、恥ずかしいやら苦しいやらでもあるトコが、まだまだ“若造”な青少年。セナのお顔の両端、ドアへとぐぐいと手を突き、腕を立て、丁度囲いのようになってやって空間を作ってやれば、
「あ…。//////
 真向かいになってた愛らしいお顔が恥ずかしそうになり、くっついてた時よりも尚のこと、その頬を真っ赤に染めて見せた。
「ごめんね、混んで来たのに。」
 小さなセナが潰されて苦しくないようにって庇ってくれたんだと、それは素直に解釈し、大変なのに ありがとうって感謝してくれたお友達。それへと…小さく笑い返して“気にするな”と言い返す。

  「これっくらい出来なくて、ラインは張れないって。」

 文字通りの“壁”を余裕で保ってくれてる頼もしい人。いくらなんでも“殺人的”と呼ばれるほどまでひどい混み方ではなく、しばらくすればそれぞれがポジションを固めるせいで、そんなに力いっぱい押し返さなくともよくなくなる。他愛ないお喋りを復活させて向かい合ってた二人だったが、
「…はやや。」
 車輪が線路を鳴らす音が不意に“がたたんがたたん…”という耳障りな大きなそれへと変化した。結構な幅のある川に架かった鉄橋の上へと列車が差しかかったようで、音自体にはそれこそ慣れもあって、今更耳が痛いだとか改めて思うほどではないのだが、この圧倒されそうな音の中での会話はちと無理なので、仕方なく口を噤んで…ちょっぴり俯いてしまうセナであり。だって、
“…なんか、ボク、十文字くんにはいつもいつも助けてもらってるよな。”
 それこそ、これをいつまでも持ち出しちゃあいけないのだろうけれど。同じクラスになったその途端、高校生活のその初日にもう既に“使い走り”扱いを受けていたのに、口答えをしたらそれだけで殴られた“苛めっ子”だったのにね。それが1日で収まったのは、蛭魔さんがすぐさまクギを刺してたからだそうだけれど、それにもまして…そんなだったなんて全部嘘だよってくらい、そりゃあ優しい十文字くんだから。

  “…ボクって、仲間になるとそれはそれで、
   頼りなく見えての助け舟の手をついつい出されちゃうってタイプなのかなぁ?”

 だったら、もう大学生なんだから反省しないとなぁ…なんて。そんな事を思ってしまって、ついついしょぼんと視線が降りちゃったセナだったのだけれども。
「…おい。」
 ちょちょいっとおでこの真ん中をつつかれて。なぁに?とお顔を上げると、セナを見ていた視線を窓の方へと逸らして促す十文字くんであり。それへと素直にしたがったと同時、鉄橋から電車も離れて、がたたんという音がボルテージを下げて………それからね?


  「わあ…っvv


 車窓に触れるほどにも咲き乱れていた、そりゃあ見事な“桜のトンネル”に入ったのを、教えてくれた十文字くんだったの。少し高い土手のようになってる線路の両脇に植えられた桜が、陽あたりのよさからかすっかりと満開になっていて、しかも随分と長い距離、線路を挟んで続くから。車中の人たちもそのほとんどが窓の外へと視線を奪われているほどの素晴らしさ。そんな中、私立のガッコに通うのか、お揃いの制服を着てランドセルを背負った小学生たちが、すぐお隣りのドアの窓の下縁に伸び上がるようになってくっついたそのまま、列車が向かう先をほら見ろよと互いにつつき合っており、
“…?”
 何が見えるんだろと自分も視線を向けたセナの視野に入って来たのは、

  “………あ。”

 さっきのほどではないけれど、線路が跨ぐ川が行く手にまたまた見えて来て。その川べりに沿った土手の小道から川へと下る斜面に添わせて、まるでゆるやかに腕を延べてるみたいにして。みっちりと咲き誇る緋白の花々をまとった枝々を、天蓋のように枝垂らせている桜の並木がずっとずっと植わってる。梢の先が川のおもてへと届きそうなくらいに、大きな樹ばかりが連なる並木で、しかも花の密度も高いから、風に梢がゆらゆら揺れると、本当に雪が舞うかのような凄艶な趣きで花吹雪が降り散る様子が綺麗で綺麗で…。
「…凄い。」
 すみれ色がほのかに滲んだ快晴の空を背景に、緋白の花の群れは弾けるような目映さで咲き誇っており。あまりの美しさ、荘厳華麗な景色へと、すっかり心奪われて見惚れていた小さなお友達の、何の邪気もない澄み切った表情に染まった横顔の可憐さへこそ、

  「〜〜〜〜〜。///////

 こちらさんも心奪われてしまってたお兄さんが約一名。春の早朝の陽だまりの中、新しい季節はあれこれが粗削りなままにて走り出しそうな気配でございます。





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  *ちょこっと間が空きましたが、
   こちらの皆さんも新学期の始まり始まりということで。
   もちょっと続きますので、お付き合いくださいませです。